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善悪

世界一の辛さと名高い唐辛子ブートジョロキアを一口かじってみたところ、あまりの辛さにひとしきり悶絶した後でなんだか哲学的な気持ちになってきたので今日は善と悪について語ります。

新聞、ラジオ、テレビときてついにはインターネットが普及したことにより、膨大な量の情報がお手元のパソコン・スマートフォンに流れ込むようになった昨今では、特定の一人があまりにもたくさんの人から集中砲火を受けている様子をよく目にするようになりました。

多くの場合、その一人は確かに悪を犯した悪人で、怒られても文句が言えない立場にある。でもインターネットの性質がいたずらにことを大きくしてしまっているように思います。そこまで言わなくたっていいじゃんって思います。

そう思い始めると、だんだん「悪」というものがわからなくなってきます。

過剰なバッシングの方こそ悪に見えてきたり、あるいはバッシングを受けているその悪人が犯した悪には理由があって、そうさせた原因が罰せられず結果としてトリガーを引いてしまったその人だけが悪人扱いを受けていると考えたらその人が途端に被害者に見えてきたりします。

もっと突き詰めれば、例えば「人を殺すのが楽しいから人をたくさん殺しました」なんていう殺人鬼が居たとしても、その殺人鬼が居る前に、その人を殺人鬼に「させてしまった環境」があるわけで、それに殺人鬼だって最初っから人を殺すために生まれてきたわけでもなければ、人を殺したいと思いたかったわけでもないのです。

この世に生まれ落ちた瞬間のピュアな状態から現在の状態まで導いたのは「環境」です。

もう何が悪かなんてわからないですよね。

善も同じです。

でも悪より善が多い方がみんな楽しくていいと思います。世の中では、「諸悪の根源は突き止められないけど少なくとも悪っぽいものはたくさん蔓延ってる」と思います。悪を善に置き換えられる日が来るといいなと思います。

でも「諸善の根源」はちょっと語感が悪いかな。

以上です。辛い唐辛子には気をつけてください。